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第40話 菜月の最後の訪問

مؤلف: 花柳響
last update تاريخ النشر: 2026-07-17 06:01:37
 薬品管理。

 そこだけ、職員の筆圧が少し強い。

「母は、何かに気づいていたんですね」

 声に出すと、紙の上の文字が急に重くなった。

 答えを持っていない沈黙だった。

 私は次のページをめくる。

 母の訪問日の翌日、投薬記録が差し替えられていた。

 母の名前が出るたび、ページをめくる手が遅くなる。最後の訪問、と読むと、調査より先に「会いたかった」が浮かんだ。私は一度だけ目を閉じ、次の行へ指を置いた。

「今、ページを閉じようとしましたよね」

「……閉じかけた。悪い」

「……いいです。そこ、もう一度見せてください」

 征臣は口を閉じた。

 私は次のページへ視線を戻した。

 差し替え理由の欄だけが、空欄だった。

 帳簿の紙は乾いていた。けれど私の指には、病室の湿った空気がまとわりつく。証拠とは、こんなに生々しいものだったのかと思った。

 差し替えられた投薬記録は、整いすぎていた。

 日付、担当者印、薬剤名、数量。必要なものが全部並んでいる。だからこそ、変だった。現場で使われる書類は、もっと端が汚れる。誰かの急いだ線や、押し直した印や、読みにくい数字が残る。

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  • 婚約者を奪った妹が泣き崩れた夜、御曹司は私に跪いた   第111話 守ると言わないで

     私は保留印の押された申立書を、机の上に置いた。紙は軽い。軽いのに、置いた音だけが妙に重かった。「白鳥家でも、そうでした」 声は落ち着いていた。「澪にはまだ早いって、何度も言われました。家のため、お母様のため、私のためって」 征臣の顔から、色が少し消えた。「……同じことをした」「悪意があったとは思ってません」 声が少し掠れた。「でも、知らなかった。私の名前の紙なのに」 守ろうとしたのだと思う。そこは疑っていない。 でも、申立書が止まっていたのを見た瞬間、父の机が浮かんだ。 私は左手を見た。 契約婚約の指輪が、照明を細く返している。母の指輪とは違う。これは征臣が差し出した選択の証だった。 だからこそ、今は重い。「『君のためだ』と言われると、また何も言うなと言われている気がするんです」 会議室の空気が止まった。 相沢が息を呑んだ音が、小さく聞こえる。 征臣は動かなかった。 言い返せたはずだ。危険だった。最善だった。時間がなかった。いくらでも言葉はある。 でも、彼はどれも選ばなかった。「悪かった」 短い謝罪だった。 その短さに、不意に泣きそうになる。 私は泣かずに、指輪へ触れた。 会議室の窓ガラスに、自分の顔が薄く映っていた。怒っている顔だった。白鳥家では、すぐに直せと言われた顔。けれど今は、直したくなかった。「次は……止める前に、私を呼んでください」「止める前に?」「はい。私が嫌だと言えるところで、話してください」 征臣は一拍置いて、息を逃がした。「……分かった、とはまだ言えない」 分かったふりで話を閉じないことだけは、伝わった。「でも、次は君のいないところで決めない」 相沢は視線を落とした。征臣も、それ以上は言葉を重ねなかった。 私は指輪に触れた。金属の下で、皮膚が少し熱を持っている。

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